かつて先進医療Bだった「水素ガス吸入療法」の今 – 厚生労働省等の公表
2024年11月22日
※この記事は各種機関が公式に発表している資料を基に配信しております。詳しくは「引用文献」をご参照ください。
「水素ガス吸入療法」はご存じの方は多いと思いますが、かつて厚生労働省の先進医療Bに承認されていました。
ですが、現在は先進医療B指定から取り下げられており、そういったことから「水素吸入」は意味がなかったのではないかと心配されている方も少なくありません。
そこで、今回はかつて期待された先進医療B「水素ガス吸入療法」が現在どのような状況になっているのか、将来の展望についてご紹介したいと思います!
かつて先進医療Bだった水素ガス吸入療法
[引用元]第48回先進医療技術審査部会 資料1-4 [1]
先進医療Bとは?
先進医療は、健康保険法の中で定められている保険給付の対象とすべきものであるか、適正な医療としては評価を行うことが必要だとする「評価療養」の一つであり、公的医療保険の対象になっていないものを指します。
先進医療はAとBに分類され、下記のような観点から分類されています。
- 先進医療A … 未承認、適応外の医薬品、医療機器の使用を伴わない医療技術。もしくは、未承認、適応外の体外診断薬の使用を伴う医療技術等であって当該検査薬等の使用による人体への影響が極めて小さいもの。
- 先進医療B … 未承認、適応外の医薬品、医療機器の使用を伴う医療技術。もしくは、未承認、適応外の医薬品、医療機器の使用を伴わない医療技術であって、当該医療技術の安全性、有効性等に鑑み、その実施に係り、実施環境、技術の効果等について特に重点的な観察・評価を要するものと判断されるもの。
水素ガス吸入療法が先進医療Bに承認されたのは2016年12月1日
「水素ガス吸入療法」は、慶應義塾大学病院から申請、2016年9月15日の第48回先進医療技術審査部会[1]にてその申請に関する評価が審議され、実施体制、倫理的観点からの評価、試験実施計画書等の評価について「適」しているという審査が降りたため、2016年12月1日に先進医療Bに承認[2]されました。
その審査部会の中で、「動物実験では明らかに差が出ているところですが、人を対象にした世界でも結果のない段階での大変意欲的な試験と認識しています。」といったコメントや、「非常にチャレンジングで、先進医療にふさわしい内容である」という評価を受け、当時期待されていたことがよくわかります。
予定試験期間は3年間、症例数は360例
[引用元]第48回先進医療技術審査部会 資料1-2 [1]
上図が、先進医療Bにおける実施計画内容です。
ここには、予定試験期間は3年間(その後5年に延期される)、予定症例数は360例とあり、うち水素吸入を180例、対照を180例とあります。
2022年先進医療から取り下げられる
[引用元]第132回先進医療技術審査部会 資料6 [3]
水素ガス吸入療法はなぜ先進医療から取り下げた?
2022年4月18日の第132回先進医療技術審査部会[4]の資料に取り下げの理由が記載されています。
「2020年以降、COVID-19診療の最前線に立ち、かつ救急医療が限界を超えてひっ迫する状況で症例の組入れを行うことは、実務的・倫理的に困難になった。(中略)予定症例数360例に対して、登録症例数73例ではあるが、研究実施計画書に定めた中止基準、「研究対象患者の組み入れが困難で、予定症例数に達することが困難であると判断された場合」に該当すると判断し、認定臨床研究審査委員会において、中止が承認された。よって、本先進医療を取り下げる。」
つまり、コロナウィルスまん延の中で救急医療現場がひっ迫、試験を実施するのが困難になったため、予定症例数に達せないことが理由に取り下げられたとあります。
2023年先進医療B「水素ガス吸入療法」の評価が公表される
[引用元]第150回先進医療技術審査部会 資料1-3 [5]
公式には主要評価項目では症例が少なく統計学的優位さが認められなかったが、副次項目では確かに有効性が示唆されたという結論
2023年7月13日の第150回先進医療技術審査部会[6]においては以下のように議事録が残されています。
「これらの結果及び照会事項の回答から、やはり症例数が当初の予定から大幅に不足しているところで、どう検討するかを判断しなければならないため、治療効果の推定値から、やや有効であるというBでも差し支えないとも考えられますが、いろいろな影響因子がある中で、この結果だけで有効だと判断するには厳しいと考え、総合的にCと判断させていただいています。」
「評価項目のBの「やや有効である」というのは、単アームの試験に対して、評価を行う場合にあったと想定される項目なので、一般的に、単純に項目を選択すればBということだと思いました。ただ、一方で、ランダム化研究で、結果で主要評価項目がメット(合致)せず、副次はメットしているというであると、厳しさを考えると、Cと判断せざるを得ないと考えています。」
- 評価「B」 … 従来の医療技術を用いるよりも、やや有効である。
- 評価「C」 … 従来の医療技術を用いるのと、同程度である。
また、このようなコメントも。
「副次的なところでは一定の有効性を示すということが示唆されるデータが得られております。少なくとも統計学的には、主要評価項目での有効性を示すことができなかったということです。それで、Cという評価にさせていただいたということです。」
この副次的なところというのは、mRS(modified Rankin Scale)という「日常生活に戻って、機能の変化もなかったということ」について点数評価を行っているものですが、「水素群で46%の患者がmRSの0点を達成されたということで、社会復帰をされていて、それは機能障害は残さなかったと、ほぼ同義だと思います。対照群については、21%ということで、こちらもこの技術の一定の有効性が示唆されるデータであったということになります。」とあります。
期待に対するコメント
同議事録[6]には、このようなコメントもある。
「COVID-19の影響で、組入れが大幅に予想を下回ったということで、そこに関しては非常に残念だったと思います。一方で、研究者の先生方は本当に頑張られたと思います。この試験をRCT(ランダム化比較試験)でされたということ自体は、非常に高く評価されるべきです。RCTの中で優越性を示すということは非常に難しいかと思いますが、そこにチャレンジされたということです。結果的には、RCTで高いエビデンスを創出したと国際的にも認識をされることにつながったと理解しておりますので、そこは先進医療としてこの試験を支援した価値があったのかと思っています。」
「症例数が足りなかったのが非常に残念だというのは、私もそう思いました。この研究者の先生方の真摯な態度が説明文によく表われているように思いまして、是非、何らかの形で、症例がそろって、非常に微妙な結果だというのは素人でも分かるのですが、何とか先生方の意向が叶えられたらいいなと思いました。」
薬事承認に向けての評価
さらに続く。
「今回の、この試験を持って、少なくとも、この試験の結果で薬事承認にいきましょうという形にはできないと思っています。それは主要評価項目での評価で、有意差も出ておりません。N(症例)がどうしても少なくなってしまったというところは残念でしたが、仮に、薬事承認を目指すのであれば、もう少し別の形で仕上げていく必要はあるのかと思っております。
ただ、そこに対して一定の道筋をつけたということに関しては、効率化につながっていった試験であったと思います。もし今後、新しい試験を組むということになりますと、いろいろな意味で大変かと思います。まず、この研究の枠組みの中で、これほど頑張られて、それでもなかなか症例が集まらないという状況でしたので、これより大きな試験をやってくださいということは非常に難しいことと承知しております。いずれにしても、何らかの形で再検討は必要だということかと思います。
研究者も考察されているとおりで、医療現場において、このボンベを一生懸命、ナースが運んでいる姿を考えますと、そのまま実用化につながるような技術かというと、少し疑問は残るところですが、そういった現実的な技術の改良なども進めながら、もし次のステップに行かれるのであれば、進んでいかれることが期待されるかと思います。」
まだ「水素ガス吸入療法」のチャレンジは始まったばかり、適切に承認を受けるプロセスは並大抵ではない。
それでも、一つずつ着実にクリアし、世の中に「水素医療」が出回るチャレンジを続けてくれているのです。まさに、議事録の先生もおっしゃっていますが「感服する」ばかりです。
慶応義塾大学、水素ガス治療開発センターが公表する今後の動き[7]
Phase II 臨床試験により心肺停止蘇生患者に対する水素ガス吸入療法の有効性と安全性が証明されたので、Phase III 臨床試験に向けた準備を進める
慶応義塾大学が形成する水素ガス治療開発センターにおける2023年度事業計画にはこのように書かれています。
「Phase II 臨床試験により心肺停止蘇生患者に対する水素ガス吸入療法の有効性と安全性が証明されたので、Phase III 臨床試験に向けた準備を進める。
具体的には、慶應大学医学部臨床研究推進センターのサポートを受けながら、大陽日酸を中心にドリームメディカルパートナーズ、ドクターズマン、メトランなどの企業とコンソーシアムを形成して、医薬品としての水素ガス、医療機器としての水素ガス供給装置の薬事承認をめざした活動を加速させていく。」
2023年度の新規活動目標と内容、実施の背景
「臨床研究では、水素水の飲用が運動時の生理機能に及ぼす影響に関して臨床試験を企画している。2022年のパイロット研究では、運動前の水素水の飲用が、運動中の心拍数の上昇を抑える効果があることが、クロスオーバー試験で再現性良く示されている。
水素風呂への入浴によって皮膚から予想以上に水素ガスが体内に取り込むことが分かったので、アトピー性皮膚炎か乾癬などの皮膚炎モデル動物を使って、水素風呂への入浴による治療効果を明らかにしていく。」
まとめ
筆者が調査した「水素ガス吸入療法」の動向を見たところ、それは「水素医療の絶大なる期待感」を秘めた医療、研究者による、たゆまないチャレンジの連続と、なんとも障壁の多い悪路を負けず、たゆまず、力強く突き進む強い責任感、信念の歩みでした。
一般に広く利用していただくための「薬事承認」までのプロセスはまだまだ長い道のりですが、これからも正しく認知を広げていくことで水素医療が一般に理解される後押しとなれるよう、これからも情報を広めていただきたいと存じます。
引用文献・関連記事
[1] 第48回先進医療技術審査部会 議事次第・厚生労働省 [2] 水素吸入療法が院外心停止患者の救命および予後の改善に効果-全国の救急医療機関で実施した臨床試験結果報告-・慶応義塾大学医学部 [3] 第132回先進医療技術審査部会 資料・厚生労働省 [4] 2022年4月18日 第132回先進医療技術審査部会 議事録・厚生労働省 [5] 第150回先進医療技術審査部会 資料・厚生労働省 [6] 第150回先進医療技術審査部会 議事録・厚生労働省 [7] 水素ガス治療開発センター
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